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いものみち 第壱話(全七話)

"しなさだめ"
注:本作は成人向けとなっております。ご注意、ご勘弁下さい。



貧しい一人の女が、男にささやかれ過去を焼き捨て、
大きな屋敷の「愛人」になった。生まれ変わった女は、
もう抱かれるだけのおもちゃではなかった……。
松本清張「けものみち」より

01
f0149320_16183842.jpg女は待っていた──岩手県盛岡市に有る骨董品店、その暗い店の片隅で。忘れられ、捨てられ、売られ……今では自分の生い立ちすら忘れてしまった。年齢も、父親も、自身を熱く焦がし、初めてお湯を注いだ男の事すら。※画像はイメージです

いつしか、その赤錆た肌に結えられた「南部鉄瓶 現状 1800円」の値札が恨めしい。このまま、鉄屑になるならそれもいい、元の「南部砂鉄」に還るだけの事……。でももう一度、朽ち果てる前に──あの炎眩(くら)めく五徳に身を委ね、この身を滾(たぎ)らせ乍ら、熱いお湯を迸(ほとぼ)らせたい。そんな叶わぬ願いに躯を震わせる度、その冷たい頬には涙では無い赤錆が、ぽろりぽろりと零れるのだった。

「お買い上げありがとうございました」

今日も後から来た誰かが、素敵な誰かに見初められ、買われていく。聞けば、「盛岡は人口比で骨董、中古品店が一番多い街」とか。物資に乏しい時代の名残も在るのだろう、だが、「までな人」という方言(=「物を無駄にしない人。物を勿体無く使う人」)も在る様に、物を大切にする人たちの住む街だ。しかし、長い店晒しの果て、隠しきれない赤錆がいつしか地肌に染み付いた古鉄器など、行き交う殿方に幾度「鉄分補給には南部鉄瓶が一番」と色目を遣った所で、誰ぞ振り向くことがあろうか。ただただ、我が身から出た錆を呪うばかり……。

しかしその日──
運命の足音は、その薄幸の鉄瓶の前で立ち止まる。感じる、誰かの視線を感じる……それまで、ただ寄っては遠ざかる靴音に未練を重ねていた彼女は戸惑った。見遣れば、何処ぞのお屋敷の旦那風情のその男、石原裕次郎『錆びたナイフ』を口ずさみ、

「♪砂山の砂を 指で掘ってたら まっ赤に錆びた 南部鉄器が 出て来たよ」

f0149320_16191674.jpg男はその鋳物を拾い上げると、その痘痕(あばた)の様な斑の鉄肌を掌甲で撫で廻し、指で弾いて音を聴き、そして躊躇う事無く蓋を開くと、その洞の秘奥(おく)をまじまじと覗き込んだ。

「いやッ、見ないで……見たら嫌われてしまう……」

惨めな過去を表すような、幾多の赤錆の吹出物、瘡蓋(かさぶた)の数々を白日に晒され、女は身を捩った。だが男はその姿にも委細構わず、言った──

「恥じる事は無い──歳月にて錆びるのは、本物の証




02
嘆かわしい事だが、鉄瓶と銘打ちながらも「金気止め(※)と呼ばれる伝統的な防錆対策ではなく、内面に琺瑯加工を施して鉄と水とを完全遮断した「鉄瓶風薬缶」など、市場にて散見すること、しばしば。本物──自身をそう称した男の言葉に、鉄瓶は赤錆びた頬を尚一層、赤らめた。(※:800度〜1000度の炭火で鉄瓶を釜焼きする工程)

「でも何故、私の様な錆び果てた鉄瓶を……貴方の様な方には、もっと相応しい……」
「初な処女(おとめ)を一から育て上げるのも風流だが、斯様な下賎に身を堕とし、穢れきったお前の如き『鋳物くずれ』を、新たに自分色に染め直すのも、また一興よ」

なおも鋳物に注がれる、総てを暴く様な男の視線。「割れ目」「穴」は無いか、蓋の「締まり具合」は如何か、過去に非道な男の甚振(いたぶ)りに遭い、「灰皿」的な使われ方を強いられた痕跡(※)はないか?……そこへ、しめしめと手揉みし乍ら、骨董品店の主人が現れた。
(※:いわゆる根性焼の痕)

「旦那さん、お部屋のインテリアにお求めですか? 実用されるんでしたら、少々値は張りますけど、未使用の『名品』も用意しておりますが……」
「愚かな──」
「は?」
「底に穴さえ空いていなければ、鉄瓶として使える──それが南部鉄瓶。そもそも鉄器は手塩にかけて育てるもの。育て上げてこそ初めて『名品』足りうるものであり、言うならば、店棚の鉄瓶に『名品』無し!」
「こ、これは失礼を……」

男は苛立っていた。古のしっかりと鋳造られた作品を打ち捨て、知識乏しく「汚ねぇ鉄瓶だなあ」「腐ってるからもう使えないよね」「鉄錆は身体に悪いよね」などと宣う者たち。市井に流布する「鉄瓶風薬缶」や、何所ぞで造られた「名ばかりの廉価物」を、さも有り難い物の様に売りつける者たち。なおも一人怒りの言葉を吐き続ける男──その様に決意を見て取った彼女は、この上ない頼もしさを覚えた。鉄瓶の心は、いまや映画『マイ・フェア・レディ』のオードリーであった。だが、そんな浮かれた心に男は告げた──

「過去のしがらみを捨て、行く先の分からない五徳(※画像参照)に乗ってみないか……」

鋳物の背中に戦慄が走った。男の視線の先に在るのは松本清張作『けものみち』の、オードリーならぬ名取裕子だった。

ナートリー

わざわざ改行して言うほどの事か。だが、鉄瓶の決心は今更揺るぎようも無く──

f0149320_16195886.jpg「行くも地獄、留まるも地獄。縁は異な物、私は鋳物。ついていきます何所までも」
「所詮お前は俺の“目的の為の道具”、図に乗るな。これよりお前が歩むのは──後戻りの利かぬ、人の通わぬ『いものみち』
「構いません。もう一度、生まれ変われるのなら」
「よかろう。お前は今日から──」
「はい」
「──鉄瓶子(てつびんこ)だ」
「はい、旦那様」


…………………
暮れなずむ盛岡の町並みに、勘定を済ませた男の姿は消えていった。身請けしたその鉄瓶を傍らに抱え乍ら。その男を見送りながら、骨董屋主人は思う……誰にかと思えばあの男、鉄瓶相手に一人話しかけていた風な? 面妖ナリ。すると、何処からか声が聴こえた──

「ふふん。鋳物の道は獣の道、ならば『いものみち』とはよくいったものよ──」

f0149320_14375974.jpgあなた様は……主人が見遣ると、そこにはこの盛岡骨董品通りの主(ぬし)、黒猫の姿。眼を鋭く光らせ乍ら、獣は言った──

「主人、お前も鉄瓶を扱うならば心得ておくが良い。

鋳物は……魔物……」







(この物語はフィクションです。実在の人物・団体などには、いっさい関係ありません。)

【次回予告】
果たして鉄瓶は甦るのか? 錆びたる鋳物に男が繰り出す手管は如何に!? 次回「いものみち」は怒濤の展開、第弐話「歯ブラシ責め」の章へ──執筆快調、暫し続きを待たれよ!

【特報】
第弐話「歯ブラシ責め」公開しました。(2009年 02月 24日)

(2009年 02月 20日)
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# by tototitta02 | 2009-03-10 16:22 | ├本編(全7話) | HOME | TOP▲
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