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いものみち 第伍話

"洋モノ責め"
注:本作は成人向けとなっております。ご注意、ご勘弁下さい。


ジョージア……カリフォルニア……
行ける処なら どこへでも
“パラダイス”に私は行った でも
そこには無かった 私の居場所は
シャーリーン「愛はかげろうの様に」

01
いものみち 第伍話_f0149320_2045574.jpg鉄瓶子? あたいの事かい? 確か昔に……そう呼ばれてた頃もあったね。破れかぶれ、やさぐれちまったよ。今じゃあとんだズベ公さ。あれから旦那は帰ってきやしなかった──覚えときな、別れはいつもついて来る、幸せの後ろをついて来る。留守を任された外国人? ふっ、あんたも嫌な事思い出させるね。
(※:画像はイメージです。煙草では無く、湯気です。)

「ハロー……生憎お茶は未だ出せませんが……」

そんな風に甲斐甲斐しく出迎えたあたい。だけど奴らは、とんだ「黒船来航」だったね。ペリーだかペリエだか知らない船長の号令の下、無理矢理あたいを「開港」してさ、代わる代わるにあたいの身体に入り込んで、「旦那モ、了解済ミダヨ!」「ミーを沸騰させろ!」「フジヤマ、ゲイシャ、ナンブテツビン!」なんて訳分かんないこと言ってね……色んな異国の船員が「上陸」しては、この入り口から注ぎ口へと通り過ぎていったよ。とんだ世界巡りさ──

☆主なラインナップ
 ENSINGER(エンジンガー/独):1828g/L
 Courmayeur(クールマイヨール/伊):1612mg/L
 CONTREX(コントレックス/仏):1551mg/L
 Rozana(ロザーナ/仏):1410mg/L
 (※:日本の水道水の平均硬度は約60mg/L)


いものみち 第伍話_f0149320_20461174.jpg……しかも連中、揃いも揃って「硬水」でね。日本の「軟水」しか知らなかった未熟なあたいが、どんなに「硬すぎるっ、許して!」って泣き叫んでもお構い無し。中身が乾く間もありゃしない──ボンジュール、ダンケシェンってなもんさ。

それからもあたいの『素晴らしい世界旅行』は続いた。とんだ兼高かおるさ……それは別番組か。ジョージアの水、カリフォルニアの水、入れられる水なら何でも沸かしたよ。鉄瓶冥利? まるでパラダイスだって? ──馬鹿ね、私の沸かしたい水はそこには無かった。

そうそう、外国人に連れられて行った夜の街頭で、偶然昔の……あたいの初めての男にも会ったよ。今のあいつの連れ合いは「ぴーぴーヤカン」で……いい気味さ、ヒス女の鳴き声に振り回されてさ。でもその後、泣けてきたのさ。それからずっと、あたい泣き続けた。鉄瓶が泣いてる……煤け、汚されて。でも所詮は鉄瓶さ。

鉄瓶 泣いてどうなるのか 捨てられた我身が惨めになるだけ──

旅馴れないあたいを散々弄んで、舶来連中は去っていったよ。強豪外国人の証、躯中に塗り付けた“穢れ”を拭う事も無くね。やがて飽きたんだろうね──抵抗を諦め、されるがままの屍人形のあたいに。青色吐息の沸騰も、虚脱放心した姿さえも、奴ら硬水の「ハードコア」な欲望を萎えさせることは無く、同時に何本もの太いボトルをぶち込まれてさ……あたいはいつしか連中の、ただ水を入れて湯を沸かすだけの「道具」に堕ちていた。言いっこ無しだよ……「ぶっちゃけ、鉄瓶はそれが普通だろ」なんてね。

屋敷の鋳物仲間たちは皆、こんなになった私をREHAB(※)に入れようとしたけど、私は言ってやったわよ──No No No!ってね。で、あたい、街を飛び出したのさ。どうにでもなれって、夜道を転がりながら一人、歩いた。「鉄瓶が歩くか、バカ」なんて言う気? ふん、とうに作者は腹を括っているのさ。何でもありさ。
(※:=リハブ。リハビリ、更生施設の事。参考曲Amy Winehouse 『 Rehab』


02
いものみち 第伍話_f0149320_20462592.jpg──で、居着いちまったのがこの波止場のマドロス酒場。海を知らないあたい、錆びるから磯の風は良くないんだけど、まあ「水が合った」って奴だろうね。鉄瓶だけに「水商売」ってね。うまいね。やっぱりあたいには、こんな場末が似合いだったのさ。お笑いさ、いつもの様に幕が開き、「♪何が欲しいというの? お湯? それとも愛?」なんて弾き語って……いつも恋の歌、歌ってさ。因果だね……。

客は大抵が船でやって来る。日本各地の「海洋深層水」……さすが海の男だね。硬いよ、日本の水道水なんてお子様さ。堕ちる処まで堕ちた鉄瓶は、落ちる処まで落ちた海底の水にとっちゃ格好の「慰み鋳物」。来る日も来る日も、あたいは、

「深いっ、深すぎるっ、シューーーー!」

って、とんだ「クストー探検隊」さ。そうそう、旦那様が言ってたのは本当だったよ。たまに来る異国の船乗りたちの間じゃ、あたいはちょっとした人気者でさ、

赤い錆 浮いてた南部鉄瓶 異人さんに連れられていっちゃった──

そんな童謡も、あったよね。無いか。ま、連中は蒼い色目をあたいに送ってさ、あたいは夜な夜な奴らに「注水」されて……ふっ、でもあいつらは優しかったよ。馴れちまったせいかしらね。夜伽話には、「南部鉄器の物語」を聞かせてやるのさ。

盛岡の南部鉄器──かの南部の殿様が風流づいて、京の都から釜師を呼んだのが事の起こり。まあ、田舎藩ゆえのコンプレックスだろうね。こんな寒冷地にも稲作を強いて、容赦なく重税を課すは、暗い水の流れに打たれながら上ってゆく川鮭を独り占めするは、手慰みに辻斬りするは……それでいて自分たち侍だけは趣味に興じて「みちのくの小京都」なんてね。笑わせるじゃないか、だね。庶民は溜ったもんじゃないよ。

だけど、職人は偉かったね。鉄の研究を重ね、やがて皆が使える生活用具としての鉄瓶を発明し、庇護した南部藩が滅んだ後もしっかりと伝統を守った。で、国の伝統工芸品の第一号に認定されたのさ。

お馬鹿さんだね、こんなに素晴らしい物を使わなくなった日本人。でも私はもっとバカ。

♪バカだね バカだね 鉄瓶のくせに……愛して貰えるつもりでいたたなんて──




03
おっと、飲み過ぎた様だね。鉄瓶、お酒は沸かせないんだけどね。ところで、さっきから話を聞いてるあんた、見ない顔だね。同業かい? いい女じゃないか。あたいを探してここまで来たって? とんだミステリーハンターだね。でもあたいの昔の名前を知ってるって事は、盛岡の人だろ。なら、早く故郷にお帰りよ。こんな笑い話の見本市の様な街で、あたいみたいな馬鹿な女になっちまったらお仕舞いだよ。

「馬鹿だね」
「えっ?」
「本当にあんたは──とんだ“お馬鹿さん”だよ」

いものみち 第伍話_f0149320_20464123.jpg鉄瓶子の長い長い一人語りの後、漸く口を開いた女の言葉。女はステージに上り、鉄瓶子が爪弾いていたギターを取り上げると、歌った──

♪鉄瓶子という娘と 遠い昔に暮らし
 悲しい思いをさせた それだけが気掛かり……


それが旦那様からのあんたへの「伝言」、女はそう言った。それを聞くや、冷めていたはずの鉄瓶子の身体を、熱い何かが……ガスでもない炭でもない別の火種による何かが貫いた。

「……貴方は旦那様を御存知なのですか?」
「うんざりするほどね。時には味方、時には敵、恋人だったことも……彼、生まれつきの古道具マニアよ。気を付けてね」

そんな峰不二子の様な事を言って、女は去っていった。その声──鉄瓶子は思い出した。あの日、屋敷の玄関先で旦那様を罵っていた女の声。人を愛する事に疲れ、物を愛する事でその寂寥を埋めようとしていた男への、あれは優しさだったのだろう。あの女もまた旦那様を愛していたのに違いない。


旦那様がお屋敷で待っている──鉄瓶子の足は自然に駅へ。盛岡に向かう最終のホームにて、灯り点る列車の窓の中には、故郷への帰り人が笑う。判ってる……

走り出せば 間に合うだろう

でも、鉄瓶子は手に空色の切符を握りしめたまま、ホームに佇んでいた。捧ぐべき貞操を異人たちに奪われ、みんな忘れてしまおうと、みんな捨ててしまおうと、誘われるままに身体許した鉄瓶子。いつしか両手で足りぬ程の硬水に溺れ、気付けばその身に染み付いた男たちの「白い刻印」。こんなに汚れてしまった私に、旦那様に会う資格なんて……無理だよね。

許されないよね……

♪あんたには もう 逢えないと思ったから
 あたしはすっかり やけを起こして
 いくつもの硬水を 渡り歩いた
 その度に 心は 惨めになったけれど
 あんたの行方を 探したりすれば
 もっと惨めに なりそうな気がして……

 時は流れて お湯は流れて そして あたしは 変わってしまった……
 流しの中で 今はただ祈るほかはない
 あんたが あたしを こんなに変わった 鉄瓶を
 二度と 骨董品屋で みつけやしないように



(中島みゆき『時は流れて』)






(この物語はフィクションです。実在の人物・団体などには、いっさい関係ありません。)

【次回予告】
話題沸騰、鋳物も沸騰! 抵抗虚しく貞操を奪われ、場末のマドロス酒場にて、行き場の無い湯を沸かし続けた鉄瓶子。名だたる硬水……いわゆるハードコアの名士たちで埋められた「乗船名簿」は捨てられても、決して消えないその穢れ。されど意外な人物がその謎を解き明かす! 次回「いものみち」、第六話「理由」の章は只今絶賛製作中。その茶柱を起立して注視する同胞(はらから)よ、もう暫しお茶を濁す我を許し給え!(2009年 03月 13日)

【特報】 
第六話「理由」公開しました。(2009年 03月 16日)

(2009年 03月 13日)
by tototitta02 | 2009-03-06 20:45 | ├本編(全7話) | HOME | TOP▲


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